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2019/10/06

新札採用の偉人を知る「渋沢栄一」「津田梅子」「北里柴三郎」

(写真=Sakarin Sawasdinaka/Shutterstock.com)
(写真=Sakarin Sawasdinaka/Shutterstock.com)
2024年から日本の紙幣が刷新されます。1万円札には「資本主義の父」である渋沢栄一、5,000円札には「女子教育の先駆者」の津田梅子、1,000円札には「近代日本医学の父」の北里柴三郎が選ばれました。3人の人生やお札が刷新される理由について紹介します。

お札が20年周期で刷新される理由とは

日本では20年周期で紙幣が刷新されます。その理由としては、紙幣偽造防止のために高度な印刷技術で作る必要があるのと、あまりに短期で刷新するとATMや両替機なども更新する必要があるからで、この2つのちょうどいい周期が20年なのです。

日本の高度な印刷技術としては、インキを盛り上げる「深凹版印刷」や、紙の厚さを変える「すき入れ」、見る角度によって文字や画像が現れる「ホログラム」、カラーコピー機では再現が困難な「マイクロ文字」など、日本紙幣は偽造不可能と言われるほど高度な技術が採用されています。

「新たなお札の顔」となる人物は下記のような基準から選定したと言われています。
  • 明治時代以降の文化人
  • できるだけ精密な写真が入手可能な人物
  • 品格があり紙幣にふさわしい肖像をもった人物
  • 国民に親しまれ知名度が高い人物

新しい紙幣に採用された人物はどんな人?

1万円札「日本資本主義の父」渋沢栄一

1840年(天保11年)、埼玉県の農家に生まれた渋沢栄一は、家業を手伝う傍ら、従兄弟にあたる実業家、尾高惇忠から「論語」などを学びました。

尊王攘夷運動を起こすために郷里を離れますが計画を中止し、一橋慶喜(後の徳川慶喜)に仕えます。そこで米の流通から播州木綿の販路開拓、硝石の生産工場建設まで、実業家としての手腕を思う存分発揮しました。

慶喜が将軍となった後、慶喜の実弟、徳川昭武(後の水戸藩主)の随行員として1867年(慶応3年)にパリ万博を訪れ、欧州各国を巡ります。この時に得た経験や知識が、帰国後、栄一を「日本資本主義の父」という異名をとる偉人へと成長させた、原動力となりました。

帰国後は大蔵省で自国の再建に全力を尽くした後、総監役(後に頭取)として務めた第一国立銀行を拠点に、株式会社組織の企業創設や育成への取り組みに専念しました。

栄一が91歳の生涯を終えるまでに尽力した企業は約500、教育機関や社会公共事業は約600にものぼります。

5,000円札「女子教育の先駆者」津田梅子

津田梅子の教育に対する熱意は1871年(明治4年)、日本初の女性留学生5人のなかで最年少の6歳として米国留学を果たすという、異例の体験からスタートしています。

11年後に帰国した梅子は、当時の日本人女性が置かれていた状況にカルチャーショックを感じ、1889年(明治22年)に再び渡米します。

ブリンマー大学で質の高い教育を受ける傍ら、日本人女性留学生のための奨学金制度を設立するなど、女性が高等教育にアクセスできる土台作りに励みます。

帰国後は幼少時代に共に渡米した瓜生繁子や大山捨松らの協力を得て、津田梅子は「女性には学問は必要ない」と言われていた時代に、女性が高等教育を目指すための女子英学塾(後の津田塾大学)を1900年(明治33年)に創設するのです。

梅子が提唱した「生徒一人ひとりの個性を重んじる少人数教育制度」は、津田塾大学として大きな成長を遂げた現在も受け継がれており、高質な基礎学力と高度な専門性を身に付けた女生徒を次々と社会に送り出しています。

「女性の地位の向上に努めることが日本の発展につながる」という信念の下、69年の生涯を「変革を担う女性」の育成に捧げたのでした。
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