「お客様は神様です」ーーこの名言を残したのは三波春夫だそうだ。我々銀行員にとっては全く迷惑な話だ。これを逆手にとって過剰なサービスを要求する顧客がいる。困ったことに銀行員の中には自ら進んで過剰なサービスを提供しようとする者すらいる。そんな銀行員に限って、自分本位なのだから手に負えない。断言しよう。あなたに媚びを売る銀行員を信用してはいけない。お客様をスパッと切るのもプロの仕事なのだ。

「もめることは覚悟して下さい。切りますよ」

部下の女性行員と、顧客の間でトラブルが発生した。購入頂いた投資信託の運用悪化が原因であった。

「適切なアフターフォローを受けることが出来ない」

「他の客以上に愛情を持って接しろ」

客観的に見て彼女に落ち度はなく、顧客の一方的な言いがかりだった。女性に対するセクハラにあたる発言も散見されたことから、女性行員にこれ以上対応させることは出来ないと判断した。そして、私が彼女に変わってその顧客を担当することになった。

正確には何人かの行員を経て最終的に私が引き受けることになってしまったのである。誰が対応してもまともな話などできない。「担当者が気に入らない」「態度が失礼だ」そんな話が何時間も繰り返される。果てしなく繰り広げられる答えのないクレームに誰もが疲れ果て、その対応は私の仕事となったのだ。

「もめることは覚悟して下さい。切りますよ」

この仕事を命じられたときに私は断言した。我々の仕事が100%お客様に満足頂けることなどあり得ない。言葉の行き違いで失礼なもの言いをすることだってある。それについては謝罪するほかないのであるが、それ以上を求められても毅然とした対応を取るべきだ。特別なサービスの提供や損失補填の要求など絶対に受け入れることなどあってはならないのだ。

社会のルールの中でお客様と銀行は取引を行っている。そのルールを逸脱するようなら、こちらから取引を断ることだって当然あるべきではないか。

案の定、私はその顧客と衝突することになった。「最終的にはお客様が判断して下さい」「出来る範囲での情報提供は行いますが、損失の補填など特別扱いは一切出来かねます」確かにこんな言葉を言われれば、良い気はしないことはこちらだって察しが付く。

しかし、私はこの客を「切るために」対応を引き受けたのだ。

現場を知らない上司とクレーマーの狭間で

そんなある日、上司からその顧客の件で思いもよらぬ言葉をかけられた。

「もっとうまく対応したらどうなんだ。損が出ているファンドを売却して別のファンドを買ってもらうとか、プロなんだからもっと上手く客とやっていかなくちゃダメだろ」というお叱りの言葉だった。ハシゴを外された……そう思った。開いた口が塞がらないとはこのことだ。

彼は金融商品販売の経験や知識を有していない。様々な部署を渡り歩き、たまたま組織の都合で私の上にいるだけである。ある意味、銀行という官僚組織の戦いを勝ち抜いてきた人間である。そんな人間と、現場の最前線で金融商品を販売している人間の考えが異なるのは当然だ。

自分が担当している間に面倒なことは起こしてくれるな。臭いものには蓋をしろ。あえて火中の栗を拾うなどもってのほか。クレーマーであろうが、いやな客であろうが、しばらく辛抱していれば、転勤で担当を離れることになるのだから、それまでは適当にやっていれば良いじゃないか。上手に客をあしらうのがプロの仕事だろ。

ようするに、彼はそう言っているのだ。