ハンス・ウィルスドルフ――。この名前を聞いてすぐ分かる人は腕時計が好きの方だろう。たとえ当人は知らなくてもこの人が創った会社なら誰でも知っているはずだ。それは時計産業の雄「ロレックス」である。製品は世界に知名度があるのに意外に創業者は知られていないのだ。

実はこれは故ウィルスドルフ氏(1881-1960)自身にも原因がある。徹底して“表に出ない”スタイルを貫いた人なのである。

「製品」のPRには戦略的だった創業者

1905年創業のスイスの高級腕時計メーカー・ロレックス。押しも押されもせぬグローバルブランドだが閉鎖性でも有名である。これは創業から続く社風によるのだ。

まず会社業績からして明らかにされてこなかった。財務内容は優秀とされるが、財団法人形式をとり長年内部資料を公開しなかったのだ。最近は変わってきているが、正確な生産量や売上高なども分かりにくかった。

ウィルスドルフ本人となるとさらに謎めく。一生で一度もインタビューに応じなかったとされ、伝記作家が書く材料に困るぐらい情報に乏しく、写真も数枚残されているだけだという。本人の考えを知るには、社史のような内部資料か時計専門誌などに書いたわずかな記述しかない。

その反面、製品の宣伝には人一倍熱心だったという。提携する広告会社は一流どころで、宣伝を出す媒体は一流紙、高級雑誌など裕福な読者の多い所に出した。

防水時計ロレックス・オイスターの宣伝にドーバー海峡を泳いで制覇した女性をモデルにしたのは有名だが、VIP、映画スター、トップレーサー、パイロット、エベレストの登山家などモデルも特別で、彼らにいかにロレックスの質が優れ、愛用しているかを語らせた。

「富める人」「世界の要人」「一流の人」はロレックスを身に付けるというイメージを作り出したのである。

米国大統領や007までロレックスを愛用するイメージを作り上げたのは宣伝の賜物(たまもの)である。

高級ブランドの共通点

ここまで極端ではないにせよ、高級ブランドではこうした姿勢は時折みられる。

例えばルイ・ヴィトンにも「自らを語らず」という企業文化があり、あくまで良心的なクラフツマンシップに基づき「製品」に自からアピールさせる姿勢を基本とした。

経営者が頻繁にマスコミに登場することより、出ないことで神秘性、排他性、近づきがたさを醸し出そうとするブランドは多い。

逆にアップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏(1955-2011)は頻繁にマスコミに登場し、そのプレゼンは伝説レベルにまでなったほどだ。彼の力でアップルは世界ブランドとして確立されたともいえる。

こう考えると、欧州の高級ブランドの姿勢ははたして近代経営に通用するかという疑問も出てくる。