私は1980年に出版業界に入り、ずっと書籍の編集に携わっています。1997年に独立し、多くの方々に支えられてベストセラーも何冊か世に送り出すこともできました。「お金に関する本」も数多く出していることもあり、友人たちからは冗談半分に「長尾さんってお金持ちですよね!」と冷やかされることもあります。

でも、自分では周りから言われるほど「お金持ち」だとは思っていません。お金はいくらあっても足りないものです。私自身、お金に関しては、まだまだ勉強しなければなりませんし、世の中に訴えたいこと、伝えたいこともたくさんあります。

たまに、若い人から「出版業って儲かるんですね!」と言われることもありますが、これは大変な誤解です。それどころか、出版業界は大変な不況にあります。そこで、今回は日本の出版不況について取り上げたいと思います。

なぜ、出版業界は不況に陥ったのか?

全国出版協会・出版科学研究所の調査によると、書籍の売上げは1996年の1兆931億円をピークに、ずっと右肩下がりのトレンドにあります。2015年は7419億円で、約3割も売上げが減っているのです。その原因はいくつもあげられます。

メディアの多様化(インターネットやスマホなどの無料の情報、電子書籍など)、少子化による潜在的読者の減少、書籍購入費の減少(携帯電話などの通信費の増加)、古書店の増加、漫画喫茶など二次流通の出現。図書館の新刊書の購入増加……などなど社会構造的な問題を抱えています。

本が売れない時代になったからと言って、本を作らないと出版社は倒産してしまいます。そのため発行部数を落として、在庫のリスクを回避しますが、それでは売上げまで落ちてしまいます。そこで出版社は、さらに書籍の発行点数を増やします。

しかし、本が売れない時代ですので「数打ちゃ当たる」というものでもありません。発行点数が増加する一方で、書店の数は年々減っているうえ、書店の陳列棚も縮小しているので、すべての本を置くことは物理的に不可能です。その結果、出版社から書店に送られてきた本は、すぐに返品されるようになりました。発行点数の増加は、かえって返品の増加を招き、書籍の「短命化」をもたらしたのです。

消費者にとっては、欲しい本が見つからず「読書の機会」が失われることになり、さらに本が売れなくなります。

初版部数を増やせない? 著者の印税も大幅減

発行部数を落とし、出版点数を増やす。それは書き手や制作サイドにも「負の影響」をもたらします。

著者の印税について考えてみましょう。1冊1200円の本が、初版部数8000部で、印税が10%だとすると「1200円×8000部×10%=96万円」となります。しかし、初版部数5000部で、印税が8%になると「1200円×5000部×8%=48万円」と印税が半減してしまうのです。

制作している編集者、ライター、デザイナー、イラストレーターなどのスタッフのギャラも当然コストダウンの対象になります。

つまり、制作原価(ギャラ)がドンドン落ちるのです。制作する現場においては、1冊分の制作費(ギャラ)が少なくなるので、それを補うためには、制作本数を増やすことが必要になってきます。現在の収入を維持するには、労働を増やすしかありません。

そうなると「多品種少量生産」です。一冊にかける時間が少なくなるので本のクオリティも低下します。クオリティの低い本は売れません。そこで、本をさらに多量に制作する「負のスパイラル」に陥ってしまうのです。