古代の日本で酒は一年を通じて、神まつりのたびに造られていて、酒造りを担ったのは神々に仕える女性たちだったと言われている。しかし、江戸時代以降、酒の大量生産が始まると酒蔵での力仕事も増え、次第に酒造りは男の仕事へと変化していった。

現在も、酒蔵で働く人の大半は男性だ。しかし、近年は酒造りの最高責任者である「杜氏」(とうじ)として活躍する女性の姿も目立つようになってきた。

「亡き父の悲願を果たしたい」200年以上の歴史をもつ酒蔵で働く若き杜氏・吉田真子の挑戦【吉田酒造】
(画像=吉田酒造有限会社
吉田真子さん
関西大学経済学部卒業後、2015年に吉田酒造有限会社に入社。16年、広島の独立行政法人酒類総合研究所で酒類醸造講習を受講。17年には上川大雪酒造にて、歴史的な試験醸造に携わった。杜氏代理を務めた後、17年から杜氏を務める。現在は全量純米で新たな酒造りに取り組んでいる、『Woman type』より引用)

福井県にある酒蔵・吉田酒造の杜氏に就任した吉田真子さんもその一人だ。

「大学卒業後は、普通に会社に就職するものだと考えていました」

そう話す彼女は、蔵元だった父の体調不良をきっかけに、意図せず家業を継ぐことに。

手探り状態から始まった杜氏の仕事。真子さんはこれまでにどんな壁を乗り越えてきたのだろうか。

「自分がやるしかない」歴史ある酒蔵を残すために

曹洞宗大本山の門前町として知られ、大河・九頭竜川の中流に位置する福井県永平寺町に蔵を構える吉田酒造。文化3年(1806年)の創業から200年以上の歴史を持つ蔵元の次女として真子さんは誕生した。

「亡き父の悲願を果たしたい」200年以上の歴史をもつ酒蔵で働く若き杜氏・吉田真子の挑戦【吉田酒造】
(画像=『Woman type』より引用)

2015年の大学卒業後、2017年に杜氏代理となり、その後、杜氏となった真子さん。学生時代は一般企業への就職を考え、企業説明会にも足を運んでいた。

彼女が家業を継ぐことになったきっかけは、6代目の蔵元である父親が体調を崩したことだった。社長業を引き継いだ母から「戻ってきてほしい」と頼まれたのだ。

1〜2カ月悩んだ末、実家に戻ることを決めた真子さん。家業を継ぐことにしたのは、「江戸時代から続くこの蔵を、絶対に消滅させることはできない」という強い使命感からだった。

「他の職業であれば私の代わりはいるのかもしれませんが、ここをやるのは私しかいない。だから、やるしかない。ただその思いだけでした」

蔵でどんな仕事をするにしても、まずは酒のことを知る必要がある。大学卒業後はまず蔵人(※杜氏の下で日本酒造りに従事する職人)として、酒造りのいろはを学ぶことから始めた。

慣れない作業を前に、悪戦苦闘の毎日が続く。そんな中、真子さんは人生最大の壁に直面した。

当時の蔵元だった父が、54歳という若さで逝去。翌年には高齢の杜氏が腰を痛めて働くことができなくなり、吉田酒造は未曽有の危機に陥ったのだ。

そこで新たな杜氏として白羽の矢が立ったのが、真子さんだった。

蔵人になってまだたったの2年。経験の浅い自分に父がやってきたような杜氏が務まるのかーー。プレッシャーは大きかった。

しかし、吉田酒造の存続を思えば、やっぱり自分がやるしかない。腹を決め、試行錯誤を重ねながら、杜氏代理の期間をなんとか乗り越えた。

その後、2017年秋に正式に杜氏に就任。当時24歳、日本で最年少の女性杜氏が誕生した。

「外の世界」に触れて、はじめて気づいた酒造りの楽しさ

「亡き父の悲願を果たしたい」200年以上の歴史をもつ酒蔵で働く若き杜氏・吉田真子の挑戦【吉田酒造】
(画像=『Woman type』より引用)

杜氏になってからの一年は、とにかく必死に働いた。覚えることも、習得すべき技術や感覚もまだまだ山ほどある。真子さんは不安な気持ちを拭いきれずにいた。

当時は「国内最年少女性杜氏」と注目された。「まだ杜氏になったばかりで、お酒を造ること、自分のことで精一杯。そんな注目されるような人間じゃないのに」と葛藤もした。

しかし、北海道の上川大雪酒造で経験豊富な名杜氏・川端慎治さんの教えを受けたことをきっかけに、「酒造りの面白さに気づくことができた」と真子さんは言う。

「うちで酒造りをしていた時は、作業自体に慣れることや、目の前の仕事をこなすことだけで精いっぱい。正直、酒造りの楽しさはまだ分からなかった。

でも、自分の蔵を一度離れて外の世界のやり方や考え方に触れたことで、自分の仕事の意義を改めて感じられるようになったんです」
 
杜氏が変われば酒の味も変わる。そう言われるほど、日本酒作りの世界では、杜氏の腕がものを言う。

10年でやっと一人前になると言われるほどの厳しい世界。真子さんもその責任の重さを痛感しながら、酒造りと向き合っている。 

毎年、9月末から本格的に始まる酒造りは、翌年の5月まで約7カ月間続く。その全責任を杜氏が負う。

「自分の判断一つで、酒の仕上がりがまるで変わってしまう。その時々の状況を見て適切な判断を下すことは、すごく難しいですね」

また、真子さんが座右の銘として掲げるのは、「和醸良酒(わじょうりょうしゅ)」という言葉。

酒造りに携わる人の和の精神によって良酒(美味しいお酒)が生まれ、その良酒によって、造り手、売り手、飲み手のすべての人に和がもたらされるという考え方だ。

「酒づくりはチームワーク。杜氏と蔵人さんとのいい関係性があってこそ、おいしいお酒が生まれると思うんです」