男職場で活躍する女性にフォーカス!

紅一点女子のシゴト流儀

この連載では、圧倒的に男性が多い職場で活躍する女性たちにフォーカス。ジェンダーによる「らしさ」の壁を乗り越えて、自分らしく働くヒントをお伝えします

 

企業の倒産や不況のニュースが相次ぎ、多くの女性がキャリア不安を感じているコロナ禍。長く働き続けるために、「手に職を付けたい」「新しいスキルを習得したい」……そう考えた人も多いのではないだろうか。

コロナ禍をきっかけにオフィスワークを離れ、建設業界で新たな挑戦を始めた女性がいる。9月に井上工業に入社した古田明子さんは、現在48歳。コロナ禍による雇い止めをきっかけに、壁を塗り、造り上げていく「左官」という職人の道を歩み始めた。

井上工業

株式会社井上工業 古田明子さん 営業、総務・人事、セラピストなどさまざまな仕事を経験。直近は英語力を生かし、医療系ソフトウェア会社に派遣社員として勤務。2020年9月に井上工業に入社。現在は左官として働いている

取材場所に現れた古田さんは、小柄で細身。作業服を着ていなければ、まさか建設現場で働いているとは思えない。

働き始めてまだ3カ月半足らず。紅一点の現場で大変なことも多いかと思いきや、取材に応じてくれた古田さんの底抜けの明るさに驚いた。

未経験で飛び込んだ建設業界だが、「左官の仕事はすごく自分に合っていると感じる」と語る古田さん。彼女に、左官の仕事のやりがいを聞いた。

 

一生続けられる仕事がしたい。父親と同じ「職人」の世界へ

左官になる前の古田さんは、建設業界とは無縁な生活を送っていた。

大学卒業後は営業や総務・人事としてキャリアを重ねてきた古田さん。年齢を重ねるにつれて「定年関係なく、一生続けられる仕事がしたい」との思いが芽生え、30代後半でセラピストに転身した。

「サロンを訪れるお客さまのうち、3分の1は外国の方でした。仲良くなるとまた来てくださるのがうれしくて、YouTubeで英語の勉強を始めたりして。英語力を高めるために自分でも教えてみたらどうだろうかと思い、レッスンを受け持つようになりました。するといつの間にか上達して、英語を話せるようになっちゃったんです(笑)」

身に付けた英会話力をフルに生かせる仕事がしたい。そう思った古田さんは再び転職。医療系ソフトウェア会社に派遣社員として入社し、外資系企業からの問い合わせに対応する仕事をしていた。

ところがこの8月、コロナ禍の影響で古田さんは雇い止めに遭ってしまった。

井上工業

新たな仕事を見つけようと登録した転職サイトで、最初に受け取ったメールが井上工業からのものだったという。「もし嫌なら入らなければいい」と、軽い気持ちで面接に足を運んだ。

「正直に言うと、建設業界に対するイメージは『おじさんがいっぱいいて、事務所は雑然としていて……』というものでした。でも、それがガラッと覆されたんです。

オフィスはきれいなマンションの中にあって、びっくりするほど整理整頓されていて。面接してくれた人事の方は若く、女性もいました。

面接で話すうちに、この仕事なら一生働ける『手に職』を付けられると思い、すぐに入社を決めたんです」

職人の世界に入る選択ができたのは、家族の影響もあった。古田さんの父親は婦人服の仕立屋を営んでおり、幼い頃から「職人」が身近な存在だったのだ。

「父親の影響なのか、昔からものづくりが好きなんです」と話す古田さんの手は、指がすらっと長くて大きい。なんでも掴めそうな手の平を、誇らしげに見せてくれた。

人生に無駄はない。オフィスワークで得たスキルが、建設業界でも生かされた

建設現場の壁や天井、床に、セメントなどを塗って平らにするのが、左官の仕事だ。

単純作業にも聞こえるが、現場の状態を見てからどう塗るかを決めるため、それを判断できるだけの知識や経験が求められる。また、時間をかけすぎると塗料が固まってしまうため、無駄のない動きが必要だ。

初めてのことだらけの環境で、戸惑いや苦労はないのだろうか? 仕事の感想を聞くと、古田さんは実に生き生きと回答してくれた。

「すごく楽しいんです! 仕事とは思えないくらい。学生時代から技術や美術が好きだったので、相性が良かったのかもしれません。その上、自分のやった仕事が今後何十年も残っていく。これは今までの仕事にはない喜びでした」

さらに、意外にも「他の業界で得たスキルや経験が生きるシーンが多い」と古田さんは続ける。

井上工業

「一番役立っているのは、オフィスワークで身に付けた『段取り力』です。工期が決まっているので、作業を効率良く進めるための手順を考える時に生かされています。

それから、コミュニケーション力も大切なスキルの一つ。建設現場の職人さんには口数の少ない方もいますが、自分から積極的に挨拶することで関係性を築いていければと思っています」

建設現場には、左官以外にもさまざまな職人が集まる。そのため、社内だけでなく社外の人とも円滑なやりとりができる力は重宝されるのだ。

彼女の話からは、今の仕事がかなりフィットしている様子が伺える。実際、古田さんも「すごく合っていると思います!」と穏やかな表情で答えてくれた。

「でも、そう感じられるのは、これまでの業務経験があったからです。過去には『自分には向いていないな』と感じる仕事をしていた時期もありますが、そこで学んだことの全てが今に生きています。もし新卒で左官になっていたら、今のように楽しいとは感じられなかったはず。人生って本当に無駄がないですね」