連載:「私の未来」の見つけ方
生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるって素敵だけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします

「宇宙飛行士になりたい」「アイドルになりたい」「プロ野球選手になりたい」

子どもの頃は、誰もが自由に夢を思い描く。しかし、必ずしも全員がその夢をかなえられるわけではない。多くの人は夢見ることすら忘れ、妥協点を探しながら毎日を生きていく。

YouTubeを中心に活躍しているポップスピアニスト・ハラミちゃんも、「ピアノを一生の仕事にしていく」という夢を捨てた過去を持つ。

【ハラミちゃん】音大→IT企業就職で心身が疲れて休職。笑顔のポップスピアニストが挫折から学んだ「自分らしく生きる道」
(画像=『Woman type』より引用)

音大卒業後、一度はIT企業に就職したハラミちゃん。彼女はなぜかつての夢を取り戻し、唯一無二のポップスピアニストとして活躍できるようになったのだろうか。

「私なんて全然すごくない」音大で気付いた自分の限界

ピアノを始めたのは4歳の頃。先にレッスンに通っていた兄の影響でした。

小学生になってからは、勉強もスポーツも得意じゃなかった私にとって、ピアノがアイデンティティーそのものに。音楽室で友達のリクエストに応えてピアノを弾いている時が、唯一自分らしくいられる時間だったんです。

通っていたピアノ教室の先生に「才能があるから音大に行くといい」と勧められ、小学1年生の時には「自分はずっとピアノをやっていくんだ」と当たり前のように思っていました。

学校に通う時間以外はピアノを弾き続けて、ひたすら練習の日々。不思議とその状況に疑問を抱くこともなくて、ピアニストになる夢だけを追いかけていました。

けれど、結果として私はピアニストになることを一度諦めました。

それは、念願の音大に入学した後のこと。当然ですが、そこには才能ある学生が全国から集まっています。技術的にも、さらにはピアノに懸ける情熱でも「上には上がいる」と感じ、圧倒されてしまったんです。

当時、一般大学と混合の音楽サークルにも入っていたんですが、そこで出会った人たちも、音大の学生に引けを取らない演奏技術を持っていました。にもかかわらず、彼らにとって音楽は趣味の一つ。

この人たちは勉強や運動も音楽も、全部やってきたんだ。私はピアノだけに打ち込んできてやっとの思いでここにいるのに……。そうやって周囲と自分を比較しては、どんどん自信を失くしていきました。

素晴らしい演奏をする人たちでさえ、ピアノだけで食べていくような仕事に就けるとは限らない。「ピアニストになれるのは、ほんの一握りの人なんだ」という現実を目の当たりにして、自信が持てなくなっていったんです。

その結果、私はピアニストになりたいという気持ちに蓋をしました。

もちろん、自分からピアノを取ったら何も残らないのではないか、という不安がなかったわけではありません。

でも、幼いころからピアニストになることしか頭になかったので、就活の時期に突然現れた「会社で働く」という選択肢にワクワクする気持ちもありました。

生きていれば、ピアノはまた弾ける。逆に、何のスキルもなくても新卒として就職活動にチャレンジできるのは、人生でこの時期だけ。就職したら、この年齢、この瞬間にしか得られない、かけがえのない経験ができるかもしれない。

「今」しかできないことをしよう。そう決めて、思い切って方向転換しました。

人生安泰な道を選んだはずなのに。会社就職で経験した挫折

新卒で入社したのは、IT関連の事業を手掛ける企業。とはいえ、私はデジタル関連の知識が全くなかったので、入社して早々に「選択を間違えたかも」と思いました。

私が配属となったのは、Webサービスの企画職。同期たちが難なくPCで資料をまとめていく中で、私は紙とペンが手放せませんでした。

同期のように仕事ができない自分がいやで、泣きながら帰ることも。「今日辞めよう」「明日こそ辞めるって言おう」と毎日思っていたので、通勤定期を買う勇気すらなかったくらいです。

それでも、周囲の先輩たちのサポートのおかげで、次第に仕事が面白いと思えるようになっていって。その頃には、毎日何時間も弾いていたピアノは、物置棚も同然になっていました。

ただ、仕事が軌道に乗ってしばらくしたころ、何でもやり込みすぎてしまう自分の性格があだとなって、体調を崩してしまったんです。「与えられた課題は、120%の力で返さなきゃ」と自分で自分を追い詰めた結果、心身が疲れてしまい、休職することになりました。

物心つく頃にはピアノ漬けの日々を送っていたので、この休職期間が人生で初めての「何もしなくていい時間」。休んだ経験がなさ過ぎて、だんだんと焦るようになり、何かできないだろうか……とぐるぐる考えていました。

結果、「この機会に、自分のことをもっとよく知ろう」と思い、ノートにひたすら自分の好きなところや嫌いなところを書き出したり、いろいろな本を読んでどう感じるか考えたりして、自己分析をしてみたんです。

今になってみると、この時に自分の長所や短所、好きなことや嫌いなことを整理しておいてよかった。おかげで、今は物事や進むべき方向の選択に迷うことが少なくなったような気がします。

都庁で初のストリート演奏。「ピアノが好き」アドレナリンが込み上げた

私が再びピアニストへの道を歩み出すきっかけとなったのは、会社の先輩からもらった一つの誘いでした。

休職して4カ月ほどたったある日、私の様子を気にかけてくれていた会社の先輩が連絡をくれたんです。「東京都庁にストリートピアノがあるから、気分転換に演奏しに行ってみない?」って。

音大を卒業してからというもの、人前で演奏する機会なんてほとんどありませんでしたから、「ちゃんと弾けるだろうか」「ピアノに触れたら、私はどう感じるだろうか」という不安もあった。

でも、いつまでも家にこもって何もせずにいるわけにもいかないし、いい機会だと思って誘いに乗ってみたんです。

いざピアノの前に座って弾き始めたら、アドレナリンが出てくる感じが自分でも分かるくらい、とにかく楽しかった。

演奏を終えて、先輩が撮ってくれていた動画を見たら、晴れ晴れとした笑顔でピアノを弾いている自分が映っていたんです。「ピアノの前にいる自分はこんなに笑顔になれるのか」とびっくりしました。

そこで思い出したのが、小学校の音楽室で自由にピアノを弾いていた時の純粋に楽しかった気持ち。ああ、やっぱり私はピアノを弾くことが心底好きだったんだな、と。周囲と自分を比べたり、世間体を気にしたりしているうちに、「好き」に真っ直ぐだった幼い頃の気持ちを忘れていたんだな、と気付くことができました。

その後、先輩が「YouTubeでこの動画を公開しようよ」と言ってくれたのですが、最初はすごく抵抗があったんです。

「練習もせずに弾いたこの演奏を?」「見た人はなんて思うんだろう」と考えると、怖くて仕方がなかった。でも、私は名もない一般人。誰も見ないかもしれないし、と自分に言い聞かせて公開することに決めました。

いざ公開してみると、予想に反してみるみる再生数が伸びていって、「この子、楽しそうでいいね!」といったポジティブなコメントがたくさん書き込まれていったんです。

決して上手いとは言えない、荒削りの演奏。でもみんなは「ピアノの技術」よりも「楽しそうな私」を見てくれていたことが意外でした。

結果的に、この経験から「ポップスピアニスト・ハラミちゃん」は生まれたのですが、動画が一本ヒットしたからといって上手くいく保証はどこにもない。会社に戻った方が人生安泰じゃないか、他にすべきことはないか、いろいろな選択肢を挙げてみました。

でも、この時に思い出してしまった「ピアノが好き」な気持ちに勝るものは何もありませんでした。

悩んでいる時に「人生は、笑った回数が一回でも多い人が勝ちだよ!」と、ストリートピアノに誘ってくれた先輩に掛けられた言葉も、後押しとなった要素の一つ。あの動画に映っていた自分の笑顔を信じて、もう一度ピアニストになる夢にチャレンジしてみることにしました。