これから進む道、20代でどう決める?
「私の未来」の見つけ方
生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるって素敵だけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします

「30代になったら、アナウンサーとしての居場所がなくなる。そう感じることは多くありました」

そう話すのは、青森放送のアナウンサーから独立後、トークナビを起業した樋田かおりさん。

現在は企業向けの研修講師や広報活動を、伝え方のプロである女性アナウンサーが担うサービスを提供中だ。

樋田さんは「このままアナウンサーとして仕事を続けられるんだろうか」と悩んだ20代を経て、女性アナウンサーのセカンドキャリアをつくろうとしている。

彼女が「私らしい未来」をつかむまでのストーリーを紹介しよう。

大好きなアナウンサーの仕事。成長と評価のギャップに悩んだ20代

私がアナウンサーになったのは、高校時代に入っていた放送部で、甲子園のウグイス嬢をやったことがきっかけでした。「4番ピッチャー、〇〇くん」と場内に流れる、あのアナウンスです。

人前に出るのは得意じゃなかったけれど、名前を呼ぶたった一言で会場の雰囲気が変わることに感動して。声には人を元気にする力があると実感したことが、私の原点です。

その思いは、テレビとラジオを兼営する青森放送に就職し、アナウンサーになってからも変わりません。

特にラジオでは、電波に乗った声を通じて、県内の人とつながる経験をしました。

女子アナ30歳限界説に葛藤した20代。「長く働くを叶える起業」を選んだ元局アナの“考えるより動く”精神【樋田かおり】
(画像=『Woman type』より引用)

リスナーの方から毎日届くお手紙には、「声を聞いて元気が出た」「疲れていたけど、面白い情報が届いて気持ちが楽になった」など、感謝の気持ちがいっぱい書かれていて。

ラジオの向こう側にいる方と仲良くなれたような感覚がありましたね。

テレビは、身振り手振りを含めた全身の表現で、最新情報を伝える刺激的な仕事です。ストップウォッチを片手に、「5秒余ったらどのようなコメントを言うか」と、常に秒単位で話すことを考える生活。

今でも秒針を気にしてしまうのは、もう職業病ですね(笑)

女子アナ30歳限界説に葛藤した20代。「長く働くを叶える起業」を選んだ元局アナの“考えるより動く”精神【樋田かおり】
(画像=『Woman type』より引用)

どちらも仕事は充実していて、アナウンサーの仕事は大好きでした。でも、入社して数年が経つ頃には、「いつまで続けられるんだろう」と考えるようにもなって。

ほとんどの職業は、長く仕事を続けたら経験が増えて、その分いろいろな仕事に対応できるようになりますよね。

ところが女性アナウンサーの場合、番組によっては熟練されたスキルより「フレッシュさ」を求められることもあって。若くて経験の浅い新人の需要の方が高いこともあるんです。

もちろん技術力の高さが求められる現場もありますが、アナウンサーとしての成長が必ずしも評価されないことに、ギャップを感じるようになりました。

周りを見渡しても、正社員として会社に残り、ベテランとして活躍しているアナウンサーはごくわずか。他の部署に異動し、アナウンサーの仕事から離れる方もいます。

フリーアナウンサーになっても、オーディションに受からなければ仕事はありませんから、選ばれし者しか仕事を続けられないことに変わりはない。

アナウンサーとして働き続ける道は思った以上に狭く、「自分がアナウンサーを続けていける確率は低いんじゃないか」と、20代はずっとモヤモヤしていました。