仕事・収入・幸福度の相関関係は?
私のベストバランス

仕事が楽しければ、収入が低くても幸せ? 収入が高ければ、忙しくても幸せ? 幸せに働く「ベストバランス」は、意外と分からないもの。そこで、さまざまなキャリアの転機を経験してきた女性たちにインタビュー。仕事・収入・幸福度の相関関係について調べてみました!

中澤理香さんは現在、小売企業のEC立ち上げをサポートするIT企業・株式会社10Xで広報・人事として活躍する一方、副業で広報支援などの仕事も行う。まさに現代的なキャリアを地で行く人だ。

「年収、幸福度最低の1年」なくして天職との出会いはあり得なかった【10X中澤理香さんのベストバランス】
(画像=株式会社 10X 
中澤理香さん
早稲田大学卒業後、2011年新卒としてミクシィに入社。約3年間、アプリやECの新規事業にPMとして携わる。退社後、2014年よりYelp Japanのコミュニティマネージャーに就任し、イベント企画・運営、PR等を通じてファンコミュニティを形成。2016年1月より、1人目のPRとしてメルカリに入社。サービスPR、コーポレートPR、危機管理、コミュニティ立ち上げなど担当し、2018年よりPRグループのマネージャーに。2020年4月からフリーランス期間を経て、2020年10月より現職。PR・採用などを担当
、『Woman type』より引用)

mixi、Yelp日本支社、メルカリというメガベンチャーを経て順調にキャリアを重ねているように見える中澤さんだが、その初期には「自分の専門性が分からない」という悩みから一度目の退職を選択。年収、幸福度とも「生涯最低の1年」を過ごしている。

しかし、その期間を挟んだことが、後に広報という「天職」との幸運な出会いを引き寄せ、彼女の幸福度の曲線を右肩上がりのものにした。その後、2度目の無職期間、フリーランスを経て、現在の「ベストバランス」を築くに至る。

2度の無職期間は、彼女のキャリアに何をもたらしたのだろうか。

「楽しいこと」と「周囲の評価」が合致した幸運

「年収、幸福度最低の1年」なくして天職との出会いはあり得なかった【10X中澤理香さんのベストバランス】
(画像=就職してから現在までの中澤さんのキャリアの転機・年収の増減・幸福度の変化、『Woman type』より引用)

――大学卒業後、mixiにご入社されています。mixiでのお仕事は、いかがでしたか?

とても刺激的で楽しかったですね。若手でも裁量を持たせる文化でしたし、自由でユニークな先輩方ばかりで、社員同士の仲もすごく良かったです。

ただ、3年半ほど働く中で、任せてもらった新規サービスが中々うまく行かなくて、「このままでは事業を成長させられないな」と行き詰まりを感じたんです。

――その時は転職ではなく、退職をされたんですね。

もともと海外で働いてみたいという気持ちがあったので、直近のキャリアのことは一旦置いておいて、一度リセットしようと思ったんです。

それでフィリピンで語学留学やインターンをしたり、サンフランシスコで起業家が集まるシェアハウスに滞在したりしながら、次に何をしようかと模索していました。

周りからは「アクティブだね」「エンジョイしているね」と言われることもありましたが、周囲は起業を目指す人や留学・出向中などパッションあふれる人が多い中、「自分だけモラトリアムだな……」と不安になることもありました。

そのモヤモヤ感で、一番幸福度が下がった時期でした。

――Yelpに入社してから徐々に幸福度が上がっています。

Yelpはレビューサイトを運営するアメリカの企業なのですが、ご縁があって知り合いから紹介してもらい入社しました。

日本支社の立ち上げメンバーだったこともあり、コミュニティマネージャーという役割でかなり裁量を持って仕事をさせてもらっていました。

「グローバル企業で働きたい」という希望が叶い、仕事内容はもちろん、多国籍メンバーが働く組織の運営・カルチャー面など、多くのことを学びました。

一方で、リモートワークがメインの働き方が徐々に自分に合わないと感じるようになり、1年半でメルカリに転職を決めました。

メルカリへの転職は、会社のフェーズ的にも仕事的にも、自分にマッチしていて幸運な転機になったと思います。

――幸運?

私はメルカリには一人目の広報として入社したのですが、当時私は広報職は未経験。でも、当時私に声を掛けてくれたメルカリ現会長の小泉さんは「広報をやってみない?」と誘ってくれて、チャレンジを決めました。

いざ広報の仕事に取り組むと、元からメディアを読んだり情報発信をしたりすることが好きだったのもあり、とても楽しくて。毎月大きなニュースがあったので無我夢中で楽しく仕事をしていたら、入社半年でMVPをいただくこともできました。

それまで自分の居場所というか、やるべきこと、専門性が曖昧なことに不安があったのですが、広報の仕事は自分の中で「やっていて楽しいこと」と「周囲から評価してもらえること」が初めて合致した感覚があったんです。

そんな仕事に出会えたことで、幸福度が上がったのだと思います。

「年収、幸福度最低の1年」なくして天職との出会いはあり得なかった【10X中澤理香さんのベストバランス】
(画像=メルカリに入社した頃。円卓で創業メンバーと仕事をしていた、『Woman type』より引用)

――グラフを見てみると、メルカリ時代に年収も伸びていますね。

事業・組織が急成長していたこともあり、評価していただけることが増えて非常にラッキーだったと思います。また、会社の方針で、ストックオプションなどのインセンティブ制度もありました。

――年収も幸福度も右肩上がり、という良い状態だったわけですね。

本当に幸運だったと思います。ただ、数年経つとまた状況が変わり、悩むことも増えました。

初期はプレーヤーとして自分が率先して動く立場だったのですが、チームの拡大に合わせてマネージャーを務めるようになると、業務のアサインや評価・育成、他部門とのやり取りなど新たなスキルが必要に。頭を上手く切り替えられず、苦労しました。

また、入社してから4年ちょっとの間に、会社は大きく成長し、社員は約10倍に。仕事の進め方や求める人材、マインドセットなども徐々に変化があり、自分が今ここにいるべきなのか? と、自問自答することもありました。