仕事、恋愛、結婚、離婚...…。私たちはさまざまなシチュエーションで、「もうダメかもしれない」という困難にぶつかるときがあります。出口の見えないトンネルで立ち止まってしまい、この先どうすればよいか答えが見つからなくなって途方に暮れたとき、一筋の光を見出し、再び前進することができたひとつの経験を振り返ります。

■「袋小路ってこういう状況をいうんだな」

職場の人間関係のもつれ、どうしても好きになれない上司、結ばれないと分かっていても別れられない相手、ここから抜け出したいのに抜け出せない結婚生活...…。

現状を打ち破って新しい環境に身を置きたい、願いがかなうならば今とは違う自分に生まれ変わりたい。そんな風に思ったことはありませんか?

上に書いた幾つかの状況、私はすべて経験しました。転職をして新たなステップに踏み出したことで解決した問題もあります。親しい友人たちに悩みをぶちまけ、たくさんの人と飲み歩いて、時間が経つうちに忘れることのできた悩みもあります。

また、道ならぬ恋愛の底なし沼にはまってしまい、自暴自棄に陥った矢先に、新しい恋人との出会いで救われたこともあります。辛い恋に新たな恋を上書きすることで、なんとか人生に希望を持つことができました。

けれども、どうしても突き破れない壁にぶち当たったときがあります。それが2度目の結婚から約7年が経過したときでした。

■生きるのがつらすぎたとき

結婚と同時にベンチャー企業を立ち上げた夫や仲間と共に懸命に走り続けた最初の数年は、毎日がエキサイティングでした。まるで新幹線の車窓から眺める景色のようにめまぐるしく生活が変化し、京都、東京、アメリカと住まいを変える度に、自分の置かれた状況も変わりました。

会社が軌道に乗ってスタッフが増え、妊娠出産を終えて再び会社に戻ったとき、かつての私の居場所はありませんでした。それでも子どもを育てながら、これまでの自分がやってきたように、「仕事で輝く私」を取り戻そうと必死でもがきました。しかしそれを望んでいたのは私だけ。周囲との距離を痛いほど感じるにつれて、私はかつての私ではなくなっていきました。

この先、どうやって生きていくべきか。なぜこんな風になってしまったのか。答えを見つけられないまま、育児と中途半端な立場での雑務に忙殺される日々。おそらく他人から見れば、何の不足もない暮らしだったでしょうが、私にとっては手足を奪われたカマキリのような、砂をかむような日々だったのです。

実際、これまで自分の悩みは自分で解決し、道を切り開いてきたと自負していました。なのに今回だけは、人生に対して白旗を上げて降参したくなるほど参ってしまった私がいました。ある日、用事で大阪に出かけた帰り、地下鉄御堂筋線のホームで電車を待っていたときのことです。

「このままホームに落っこちたら、誰かが背中を押してくれたら、ラクになれるだろうか」。

そんな思いが頭をよぎったとき、もう自分ひとりでは解決できない、なんとかしなければ、と自分の中の自分が叫びました。

■思い切って飛び込んだら救われた

そして私が選んだのは、ウェブで検索をして見つけた女性向けのカウンセリングルームの戸を叩くことでした。何度も電話するのをためらいましたが、意を決してナンバーをプッシュし、カウンセリングの予約を完了したときには、それだけで心の霧が少し晴れた気がしました。

初回のカウンセリングの日は、梅雨の合間の曇りの日でした。自転車で到着した小さな3階建の灰色のビルは、周囲の建物に馴染んでまったく存在感がありませんでした。狭い階段を昇り、2階のドアを開けると細長いカウンターがあり、40代半ばぐらいの受付の女性が静かな物腰で迎えてくれました。

名前を告げると、奥のオフィスからカウンセラーの女性が出てきて、入口の横にある小さな部屋に案内してくれました。茶色いビニール張りのソファーには、ベージュの布がかけられていました。ソファーの前にはガラステーブルがあり、箱ティッシュと小さな白い時計が置いてありました。

カウンセラーのTさんは、50代前半ぐらいのどっしりと太った女性でした。自転車に乗ってきた暑さでたくさんの汗をかきながらも、高まる緊張感で私の顔は真っ青だったのかもしれません。そんな私の様子にも落ち着いた表情で、淡々と質問を投げかけてきました。

私は、子どもの頃からの記憶をたどりながら、家族との関係、小さいときに心を傷めたいくつかの出来事、常に抱え続けていた生きづらさ、そして現在、自分が置かれている状況について話しました。話している間、次から次へとあふれる涙を止められませんでした。なるほど、ティッシュの箱が置いてあったのはこのせいなのか、と流れる涙をティッシュで受け止めながら、そんなことを思っていました。

■「私は精一杯やってきた。私は私が愛おしい」

正直、最初のカウンセリングで自分のことをこんなにも赤裸々に話してしまうとは思ってもみませんでした。相手は初めて会った知らない女性なのです。けれども、捨てられた子猫が手をさしのべてくれた誰かに抱かれるのを拒まないように、私は自分の思いのたけを聞いてくれる誰かの存在を激しく求めていたようでした。

涙を流したのははじめだけでした。その後は、カウンセラーに導かれるままに、現在の状態に至るまでの自分の道のり、いま考えていることを話し続けました。

何度か通っているうちに、どんな要因が自分をがんじがらめにしているのか、どうすればこの窮地から自分を救い出せるのか、もつれた毛糸がスルスルとほどけていくように自然と頭のなかがクリアになり、心が骨太さを取り戻し、取るべき行動が見えてきました。

カウンセラーは決して良きアドバイザーというわけではなく、あくまで聞き役に徹していました。私の心の底に沈殿していたさまざまな思いを私自身が言語化するサポートをしてくれる介助者でした。

何度も対話を繰り返すうち、卑屈になっていた自分の心、失っていた自信、自分らしく生きることへの諦めに気づくことができ、いつしか「私は精一杯やってきた。私は私が愛おしい」と思えるようになりました。そして、前を向いて歩き出す勇気を取り戻すことができたのです。

■前を向いて歩き出すための選択肢

私がカウンセリングに通った期間は、半年ほどでした。その間、毎週、通っていたわけではなく、最初の3回は毎週、その後はカウンセリングを受ける必要性を感じたときや、考えをもっとすっきりさせたいとき、足を運びました。

ひとりで解決できる悩みもあれば、時にどうしても抜け出せない闇に入り込んでしまうときもある。そんなときは、心の専門家であるカウンセラーの力を借りることもひとつの解決策だと実感しました。

最近はウェブで探せばカウンセリングを専門とする機関はたくさんあります。私の場合は、手探りでしたがウェブに書かれた情報をじっくりと吟味し、幾つかの機関に電話をかけて、最終的に感触の良かったカウンセリングルームを選び、門を叩いたのでした。

もちろん、カウンセリングに通ったからといって、病気が治るように自分の人生の悩みがすっきりと晴れるわけではありませんし、状況が一変するわけでもありません。

けれども、専門家の手によって内に秘めた思いを心の外へと出すことで、闇のなかから光を見出す手立てが得られる可能性はあります。

いま、あの頃の自分を振り返ったとき、ひとりで悩み続けなくてよかったと心から思います。人生の袋小路に迷い込んだ私をサポートをしてくれたカウンセラーのTさんには、今も感謝しています。何よりも、悩み苦しんだ日々をなんとか乗り越え、再び歩き始めた自分のことを愛おしいと感じます。

このDRESSでも女性の電話相談室があり、さまざまな実績を持つカウンセラーを紹介しています。もしあなたが、ひとりでは解決できない悩みを持っているならば、勇気を出して扉を叩いてみてはいかがでしょうか。次の一歩を踏み出すための力を与えてくれるかもしれません。


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