嵩(北村匠海)がのぶちゃん(今田美桜)に赤いハンドバッグをプレゼントするシーン。単体としてはよかったと思うんですよ。東京に染まった嵩がその東京の象徴のようなド派手な赤いハンドバッグを買ってくる。今の嵩の「理想の女性像」は銀座を闊歩するモダンガールなわけで、好きな女の子をそんな理想に当てはめたくなる気持ちもよくわかる。

『あんぱん』雰囲気にほだされてるだけ

 その赤いハンドバッグはとっても美しいから、のぶちゃんが「こんな美しいもん……」と感嘆するのもわかるし、そういえばこの人は軍国主義者だから思い直して突き返す。

「美しいものを美しいと思ってもいけないなんて、そんなのおかしいよ」

 嵩のセリフも立っていますし、その言い草には絵描きというバックボーンも乗っています。明確になる対立軸、変わってしまったのぶちゃん、時代に引き裂かれる若い2人。やりたいことはよくわかった。「しゃんしゃん東京へいね」という、のぶちゃんの10数年ぶりのリフレインも技が効いてるね、とは思うんだよ。

 でも、ここで2人の思いを引き裂いているのが戦争という時代のように見えて、実はのぶちゃんの気分でしかないのが問題なんです。

 なんの思想もなく、ただ「正直すぎるくらい正直で、おもしろい女の子だった」(嵩談)のぶちゃんが愛国精神を宿して、自らを律して戦地に思いを寄せるようになった。その「律しっぷり」といいますか、何を許して何を許さないかのボーダーがのぶちゃんの気分に委ねられているから説得力がない。

 昨日、のぶちゃんと嵩の仲直りを「雰囲気にほだされただけ」と書きました。海でみんなでギターで歌って、のぶちゃんは嵩が東京でチャラついた生活を送っていることを許して、仲直りをしている。なぜ許したかが語られていないので、のぶちゃんが日頃どれくらい愛国に傾倒しているかがわからなくなっている。

 昨日の海でギターは「こんなことしてる場合じゃない」とはならないのに、赤いハンドバッグは「こんなの買ってる場合じゃない」となる。のぶちゃんのお仕着せの愛国精神が、物語の都合で出し入れされているということです。